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2006年3月30日 (木)

別れ

Mizunokyusu 水野さんの急須を手にして以来、私はすっかりお茶に目覚め、どうやったら美味しいお茶を淹れられるか、まず茶葉の選び方から、お湯の温度、お茶の種類と茶器との相性など、情報収集をしながら、仕入れた情報をもとに、この急須で試行錯誤を重ね、自分なりのお茶との付き合い方を楽しみ始めた頃だった。

「ごめ~ん。ごめ~ん」
ある日仕事を終えて家に帰ると、母が勢いよく玄関にすっ飛んで来るなり、顔をくしゃくしゃにしながら、何度も何度も申し訳なさそうな声で一所懸命に謝りはじめた。問えば、急須の蓋のつまみを欠損させてしまったとのこと。水野さんの急須のチャームポイントともなっている、頂点がほんの僅かにとんがった丸いつまみが根元から綺麗に取れてしまっていた。
「ワレモノだから仕方ない。別に気にしなくていいよ」
私に怒られると思ってか、母があまりにも必死で謝ってくる姿に、私は逆に憐みを感じて、まだ買ってそれほど月日もたっていない大切な急須ではあったが、自分でも不思議なくらい怒りもがっかりもしなかった。
その後、何度か取れたつまみを瞬間接着剤でくっつけて使ってはみたものの、またすぐに取れてしまった。そのころよく通っていた陶器屋にも持って行ってみたが、急須は熱を持つから接着してもすぐに取れてしまうので修理は難しいとのこと。結局使用を諦め、棚にしまうより他なかった。量産品の急須はたくさん持っていたので、その後はその中からマシなものを選んで使っていたが、一度いい道具を知ってしまうと、今までのような使う喜びというものはやはり得られなかった。しかし、安月給の身には早々すぐに買い換えるというわけもいかず、おとなしくそれを使っていた。

そうこうしているうちに、月日が流れ、間もなく桜が咲き始めるというころ、母が突然病に倒れた。そして桜がほぼ満開になった8年前の今日、窓から桜の見える病院のベッドの上で、母は静かに息を引き取った…

諸々のことが落ち着いたころ、母がずっと気にしていた、あの蓋のつまみを何とかしてやろうということになって、残された家族3人で、その急須の作者の住む常滑に向かった。
まず、地元の老舗ギャラリーに行って見てもらったところ、すぐ近くに作者が住んでいるから直接行ってごらんなさい、ということで、場所を伺い、厚かましくも3人で工房にまで押しかけていった。お会いした急須職人の水野博司さんは、その急須同様、いかにも穏やかで誠実そうな方で、事情を説明すると、その場でストックしてある蓋の中から合う蓋を選んで加工してくださり、蓋はまた元通りにピッタリと収まった。違うのは使い込まれて艶が出始めた胴体に対して、新しい蓋はまだ艶がないということだけだった。

あれから8年、ほとんど毎日使い続けて、蓋も胴体も艶を増したが、未だに蓋よりも胴体の方がほんの少しだけ艶やかだ。お茶とやきものの大好きだった母と過ごした時間の分だけ…

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2006年3月28日 (火)

出会い

Mizunokyuusu_1もう10年近く前になる。なんとなく器に興味を持ち始めたころ、とある雑誌でこの急須を見つけた。
そのころ私はお茶好きでもなんでもなかったが、丸く愛らしい形と、そこに書かれていた作者水野博司さんの土へのこだわりや道具としての優秀さの記述に強く惹かれて、そこに紹介されていた大阪のギャラリーにいそいそと出かけ、買い求めた。
驚くべき軽さのその道具は、今まで我が家で使ってきた量産品の急須とは似て非なるものだった。何が違うかというとコンセプトが違うのだ。たいていの量産急須は取っ手をガバッと掴んでダーッと勢いよく注がれてもいいように造られている。しかしこちらは、そのようには作られていない。取っ手をスッと持って、スーッと注ぐ感じ。表現しにくいのだが、その姿同様、とにかく上品な動作を要求するのだ。そして、そうやって使うと、実に気持ちよくお茶を注げるし、お茶を注ぐ一連の動作が美しく見えるのだ。

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2006年3月20日 (月)

素敵な悩み

ka-umekobati 久保亜希子さんの新作の器が届いた。
と言ってもまだ商品にはなっておらず、5月の展示会のDM用のもので、梅をモチーフにしたかわいらしい輪花の小鉢。
器が届いた数日後、久保さんから電話がかかってきて、底の真ん中に入れたサインはどう思うかと唐突に聞いてこられた。「ちょっと邪魔に感じませんか」と…
私は彼女の質問の意味するところが分からなかった。ポンテ跡のところにサインを入れるのはよくあることだし、普通よりもずっと控えめで小さな彼女のサインが、はたして邪魔に感じることなどあるのかと…
実際に器を手にしながら、詳しく事情を伺うと、小鉢を上から見たときに、吹きガラス特有のポンテ跡の部分を梅の雄しべや雌しべのある中心部分に見立てているらしく、そこにサインがあっては邪魔なんじゃないかということだった。

『なるほど、そういうことだったか…』
私はそこまで意識してその器を見てはいなかった。で、改めてよく見てみると、確かにポンテ跡は梅の中心部分をイメージさせ、素直な碗形の輪郭を含め、器全体で梅が表現されていた。
私は今まで、輪花の器を見るときに器全体を花として捉えて見たことはなかった。ふりふりの器の縁だけを見て、機械的に「あ、輪花だな」と判断していただけだった。もちろんその輪花の器が器として美しいかどうか、使い勝手はどうかということは判断していたが、それはあくまでも、過去に見てきた輪花の器と比べての話であって、決して本当の花を意識して見たことはなかった。輪花の器は器であって、決して花ではなかったのだ…

鈍感な私と違って、彼女はとても感受性の強い人で、ものの見方や感じ方がとても鋭く、話をしているといつもハッとさせられる。こう書くと彼女を才気走っていて神経質そうな雰囲気の人かと想像するかもしれないが、実際の彼女は全然そんなことはなく、とても大らかで芯の強い、ゆったりのんびりのほほ~んとした人だから、彼女と話すのは本当に楽しく、いつも勉強させてもらっている。

春だというのに氷点下になるほど寒く、ガラスの器を使おうという気にはあまりならないだろうが、彼女の作る器なら大丈夫。久保さんのガラスはとても暖かい。
夏涼しく、冬暖かい。そんなガラスなのだ。黄色味がかったガラスの色のせいもあるが、やはり彼女の温かな人柄によるところが大きいと私は思っている。

「まだ時間が有るので、もうしばらく考えてみます…」
久保さんは相変わらずのんびりとした口調で、その小さくも素敵な悩みを楽しむ決意を表明していた。

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2006年3月13日 (月)

心を満たす器

長谷川奈津さんの湯呑nacchannoyunomi
彼女の器がなぜこれほどまでに器好きの心を捉えるのか?
その答えを見つけるために、先日私は彼女の暮らす関東ののどかな田舎町を訪ねた。
実際に会った彼女は、様々なメディアを通じて私の中で出来上がっていたイメージをはるかに超えて、文学的に表現すれば、女学生のように純真で無垢な心を持つ美しい女性だった。
たった1時間やそこら会って話をしただけで人を判断するのは早すぎるのかもしれないが、この人には何一つ嘘がない。ただそう感じた。
器用じゃないけれど、いや、器用じゃないからこそ、常に向上心を持ち、今挽き上げたばかりの碗よりも、ほんの少しでも上手く挽けるように次また努力する。たとえ時間がかかっても、一つ一つ手を抜かず、気持ちを込めてゆっくりと丁寧に作り上げていく。
毎日同じことの繰り返しだが、そういう気持ちで取り組むことによって、昨日の仕事が今日に重なり、今日の仕事が明日に重なる。そうして幾重にも層を成し、彼女の作る器に豊かな奥行きを与えている。
これだけの人気作家となった今でも、初心を忘れず、奢るところが微塵もない謙虚でひたむきな人柄が、彼女の器をよりいっそう魅力溢れるものにしている。
ただの碗、ただの鉢、ただの湯呑、ただの皿、用を充たすだけなら簡単なことだが、心を満たし、心を癒すことのできる器を作れる人はほんの一握りしかいない。
そんな素敵な作り手に出会えた喜びは、出会いから一週間が過ぎた今でもまだ続いている。
いつの日か、ちゃんとした形で彼女の器を紹介できるよう、私もひたむきに日々を重ね、前へ進んでいきたい。

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