素敵な悩み
久保亜希子さんの新作の器が届いた。
と言ってもまだ商品にはなっておらず、5月の展示会のDM用のもので、梅をモチーフにしたかわいらしい輪花の小鉢。
器が届いた数日後、久保さんから電話がかかってきて、底の真ん中に入れたサインはどう思うかと唐突に聞いてこられた。「ちょっと邪魔に感じませんか」と…
私は彼女の質問の意味するところが分からなかった。ポンテ跡のところにサインを入れるのはよくあることだし、普通よりもずっと控えめで小さな彼女のサインが、はたして邪魔に感じることなどあるのかと…
実際に器を手にしながら、詳しく事情を伺うと、小鉢を上から見たときに、吹きガラス特有のポンテ跡の部分を梅の雄しべや雌しべのある中心部分に見立てているらしく、そこにサインがあっては邪魔なんじゃないかということだった。
『なるほど、そういうことだったか…』
私はそこまで意識してその器を見てはいなかった。で、改めてよく見てみると、確かにポンテ跡は梅の中心部分をイメージさせ、素直な碗形の輪郭を含め、器全体で梅が表現されていた。
私は今まで、輪花の器を見るときに器全体を花として捉えて見たことはなかった。ふりふりの器の縁だけを見て、機械的に「あ、輪花だな」と判断していただけだった。もちろんその輪花の器が器として美しいかどうか、使い勝手はどうかということは判断していたが、それはあくまでも、過去に見てきた輪花の器と比べての話であって、決して本当の花を意識して見たことはなかった。輪花の器は器であって、決して花ではなかったのだ…
鈍感な私と違って、彼女はとても感受性の強い人で、ものの見方や感じ方がとても鋭く、話をしているといつもハッとさせられる。こう書くと彼女を才気走っていて神経質そうな雰囲気の人かと想像するかもしれないが、実際の彼女は全然そんなことはなく、とても大らかで芯の強い、ゆったりのんびりのほほ~んとした人だから、彼女と話すのは本当に楽しく、いつも勉強させてもらっている。
春だというのに氷点下になるほど寒く、ガラスの器を使おうという気にはあまりならないだろうが、彼女の作る器なら大丈夫。久保さんのガラスはとても暖かい。
夏涼しく、冬暖かい。そんなガラスなのだ。黄色味がかったガラスの色のせいもあるが、やはり彼女の温かな人柄によるところが大きいと私は思っている。
「まだ時間が有るので、もうしばらく考えてみます…」
久保さんは相変わらずのんびりとした口調で、その小さくも素敵な悩みを楽しむ決意を表明していた。
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